男子ゴルフツアーで爽やかな笑顔を見せる小鯛竜也プロですが、その華やかな姿の裏には長い下積み時代と、それを支え続けた家族の存在がありました。
特に7歳年上の妻であるゆいさんとのエピソードや、2人のお子さんとの心温まる関係性は、ファンの間でもたびたび話題になります。
実家のある大阪で培ったゴルフの基礎や、父親との二人三脚、そして盟友である石川遼プロとの縁。
この記事では、2025年シーズンにシード復帰をかけて戦う彼の現在地や最新のクラブセッティング、そして過去に起きた打球事故の真相まで、小鯛プロの人間的魅力に迫るあらゆる情報を網羅してお届けします。
記事のポイント
- 7歳年上の妻ゆいさんが下積み時代を支えた感動の秘話
- 17歳でプロ転向してから初優勝までの苦難と石川遼との関係
- 2児の父としての顔や実家での父親とのエピソード
- 2025年の最新クラブセッティングとシード復帰への挑戦
苦労人の小鯛竜也を支えた妻の献身
端正なルックスで「イケメンプロ」として知られる小鯛竜也選手ですが、そのゴルフ人生は決して順風満帆ではありませんでした。
10年にも及ぶ長い下積み時代、経済的にも精神的にも追い詰められていた彼を、一番近くで支え続けたのが妻のゆいさんでした。
ここでは、二人の馴れ初めや家族の絆、そしてプロゴルファーとしての原点について深掘りしていきます。
小鯛竜也のプロフィールと年齢
| 項目 | 内容 |
| 氏名 | 小鯛 竜也(こだい たつや) |
| 生年月日 | 1990年2月1日 |
| 年齢 | 35歳(2025年現在) |
| 出身地 | 大阪府 阪南市 |
| 身長 / 体重 | 179cm / 74kg |
| 血液型 | AB型 |
| 趣味 | ファッション |
| 特徴 | モデルのような着こなし、家族思い、努力家 |
| トレードマーク | フラットキャップ(つばが平らな帽子) |
まずは小鯛竜也プロの基本的なプロフィールをおさらいしておきましょう。彼は1990年2月1日生まれで、2025年現在は35歳になります。
出身は大阪府の阪南市。
「小鯛(こだい)」という珍しい名字は、漁師が多い大阪南部の地域にルーツがあるそうです。
身長179cm、体重74kgと恵まれた体格を持ち、モデルのような着こなしでウェア契約先のブランドイメージを体現する「ファッションリーダー」としての一面も持っています。
血液型はAB型。趣味にも「ファッション」を挙げるほどのおしゃれ好きですが、その内面は非常に家族思いで、泥臭い努力を厭わない熱いハートの持ち主です。
豆知識:小鯛プロのトレードマークでもある「つばが平らなフラットキャップ」。
実はこれ、彼が「目立ちたいから」とミズノに特注で作ってもらったのが始まりで、その後商品化されるほど人気が出たそうです。
▼小鯛プロのトレードマークでもある、ミズノのフラットキャップ。同じ形状のモデルは楽天市場でも購入可能です。
17歳で転向した経歴と下積み時代
小鯛プロの経歴で特筆すべきは、17歳という若さでプロ転向している点です。
クラーク記念国際高校に在学中の2007年にプロの世界へ飛び込みました。
これは石川遼プロと同い年の「黄金世代」ならぬ、男子ツアーの同期にあたります。
しかし、華々しい活躍を見せる同世代のライバルたちとは対照的に、彼を待っていたのは過酷な現実でした。
プロ転向後、ツアーの出場権を得るまでになんと4年もかかり、試合に出ても予選通過すらままならない日々が続きました。
下部ツアーで予選を通過しても賞金は数万円程度。
遠征費を払えば赤字になるような生活が、なんと10年近くも続いたのです。
「試合に出られない時期が一番苦しかった」と本人が語るように、20代の大部分を苦悩の中で過ごしました。それでも腐らずにゴルフを続けられたのは、間違いなく家族の支えがあったからです。
大阪の実家で父と作った練習場
小鯛プロのゴルフの原点は、大阪府阪南市の実家にあります。
元体育教師であり、自身もゴルフ好きだった父・剛文さんの影響で、5歳の頃からクラブを握り始めました。
お父様は自宅に「手作りの練習場」を作ってくれたそうで、物心ついた時からそこで毎日のようにボールを打っていたといいます。
このお父様のサポートも並大抵のものではありませんでした。
プロ転向後、試合に出られず腐りかけていた息子に対し、「覚悟を決めてプロになったんだから、稼げるまで頑張れ」と叱咤激励。
さらに、自身の有給休暇を使って試合の送迎をしたり、キャディとしてバッグを担いだりと、献身的にサポートを続けました。
小鯛プロの粘り強いゴルフスタイルは、この父子二人三脚の特訓によって培われたものなのです。
石川遼との縁と沖縄合宿での開眼
『JAPAN PLAYERS CHAMPIONSHIP by サトウ食品』まで残り4日,大会へのメッセージ!
— JAPAN GOLF TOUR (@JGTO_official) June 17, 2023
石川遼
「とても綺麗で好きなコースで特にパー5がキーになると思います。選手の想いがつまった大会,頑張ります。」
小鯛竜也
「第1回の時は選手会副会長で思い入れの強い大会,今回も優勝目指して頑張ります。」 pic.twitter.com/z6si2SxqBF
プロとしての転機が訪れたのは、2014年のことでした。
共通の知人を介して、同年代のスター選手である石川遼プロの沖縄合宿に参加することになったのです。
当時、まだ結果が出ていなかった小鯛プロは、そこで石川プロの凄まじい練習量を目の当たりにします。
共に1日1000球近くを打ち込み、「練習だけで筋肉痛になったのは初めて」というほどの衝撃を受けました。
手の皮が破れ、血がにじむほどクラブを振り続ける中で、「自分はまだまだ甘かった」と痛感したといいます。
この合宿を機に、ゴルフに対する取り組み方が劇的に変化しました。
泣き言を言うのをやめ、真のアスリートとして覚醒した彼は、直後のファイナルQTで自己最高位に入り、徐々にツアーでの足場を固めていくことになります。石川プロとは現在も同じマネジメント事務所に所属しており、良きライバルであり友人という関係が続いています。
2児の父として子供に見せる背中
(一緒にお料理をしているのは長女の仁望さんでしょうか:小鯛選手仁インスタグラムより)
私生活では、2013年にご結婚されており、現在は2児の父親でもあります。
2014年には長女の仁望(にの)ちゃんが誕生し、2016年には2人目のお子さんも授かりました。
「子供の顔を見るたび、何をしているんだろうと。稼がないといけなかった」
かつてそう語っていた彼ですが、初優勝を飾った際には、真っ先に家族のもとへ駆け寄り、子供たちを抱きしめる姿が印象的でした。
現在は、自身が主催するジュニアスクールなどを通じて、子供たちにゴルフの楽しさを伝える活動も行っています。
守るべきものができた強さが、今の彼のプレーを支える大きな原動力になっていることは間違いありません。
ご家族とのショットはこちらの記事で確認できます:
小鯛竜也がツアー初優勝 – 日本ゴルフツアー機構 – The Official Site of JAPAN GOLF TOUR
小鯛竜也の妻への感謝と現在地
小鯛プロを語る上で欠かせないのが、妻・ゆいさんの存在です。
彼女の献身的な支えがなければ、今日の小鯛プロはいなかったかもしれません。
ここでは、そんな奥様とのエピソードや、社会貢献活動、そして最新のツアーでの戦いぶりについて解説します。
地元企業のスポンサーと社会貢献
小鯛プロは、地元・大阪や関西の企業から非常に愛されています。特に有名なのが、大阪銘菓「月化粧」で知られる「青木松風庵」とのスポンサー契約です。
また、不動産会社の「フジ住宅」とも契約を結んでおり、地域密着型のプロとして活動しています。
彼はこれらのスポンサーと共に、独自の社会貢献活動「BFS(Birdie For Someone)プロジェクト」を立ち上げました。
これは、自身の年間のバーディー数に応じて、児童養護施設などにお菓子(月化粧)を寄贈するというものです。
「誰かのためにバーディーを獲る」というモチベーションが、彼のゴルフをより高みへと押し上げています。
BFSプロジェクトの活動例
- バーディー数に応じたお菓子の寄贈
- 自身の経営するカフェでのチャリティイベント
- 地元・兵庫県三木市でのジュニアスクール運営
日本オープンでの打球事故の詳細
長いキャリアの中には、思わぬアクシデントもありました。
過去の「日本オープン」最終日、小鯛プロの放ったティーショットが大きく曲がり、ギャラリーの50代男性の額に直撃するという事故が発生しました。
当時は救急車だけでなくドクターヘリが出動する事態となり、現場は騒然としました。
幸いにも男性の意識はあり、命に別状はなかったと報じられていますが、プロゴルファーにとって打球事故は精神的に大きなショックを受ける出来事です。
この経験もまた、彼が「安全」や「周囲への配慮」をより一層意識してプレーするきっかけになったのかもしれません。
観戦時の注意点:プロの打球は想像以上の速度と威力があります。トーナメント観戦に行く際は、常にボールの行方に注意し、「フォアー!」の声が聞こえたら頭を守る姿勢をとるようにしましょう。
最新クラブセッティングへの道
2025年シーズンの小鯛プロは、契約先であるミズノのクラブを中心に、非常にこだわり抜いたセッティングで戦っています。
特に注目なのがドライバーです。
彼は「ミズノ プロトタイプ」を使用しており、これには未発表の技術が詰め込まれていると言われています。
ネック部分に「D132」などの刻印がある開発モデルを実戦投入し、「ボール初速がリアルに2m/s上がった」と絶賛しています。
アイアンもマッスルバックに近いシャープな形状を好み、操作性を重視する玄人好みのスペックです。
パターに関しては、長年スコッティキャメロンのプロトタイプを愛用しており、ここぞという場面でのタッチを支えています。
台風で決定した涙の初優勝
小鯛プロのキャリアハイライトといえば、やはり2017年の「マイナビABCチャンピオンシップ」での初優勝でしょう。しかし、その決まり方は少し劇的で、異例なものでした。
大会最終日、台風の接近により大雨となり、競技の中止が決定。
規定により、3日目終了時点で単独首位に立っていた小鯛プロの優勝が決まりました。
ロッカールームで吉報を聞いた彼は、歓喜の表情で外で待つ家族のもとへダッシュ。
駆け寄った妻のゆいさんと2人の子供を強く抱きしめました。
「長かった。成績が悪くても文句ひとつ言わなかった妻には、頭が上がらないです」
結婚する際、金銭的な余裕がなく「こんな僕でもいいですか」とプロポーズした彼に対し、ゆいさんは「私が働く。あなたはあなたがやりたいように」と言って、ハウスキャディの仕事をしながら家計を支えてくれたそうです。
7歳年上の「姉さん女房」の深い愛情が報われた、最高の瞬間でした。
2025年のシード復帰への挑戦
初優勝後、数年間はシード選手として活躍しましたが、2023年にシード権を喪失するという悔しい経験もしました。
しかし、彼はそこで終わりませんでした。
2024年、下部ツアー(ABEMAツアー/ACNチャレンジ)で見事な優勝を飾り、賞金ランキング上位に食い込みました。
これにより、2025年シーズンは再びレギュラーツアーへの出場権を手にしています。一度どん底を知り、そこから這い上がってきた男の強さは本物です。
「もっと体力をつけないといけない」とオフに肉体改造にも取り組み、35歳を迎えてなお進化を続けています。
小鯛竜也と妻が歩むこれからの道
「次はしっかりと4日間戦って、2勝目、3勝目を挙げたい」
初優勝の時にそう語った小鯛プロ。2025年は、その言葉を実現するための勝負の年となります。
支えてくれた妻・ゆいさん、そして成長した子供たちにかっこいい姿を見せるため、彼の挑戦はまだまだ続きます。
私たちファンも、苦労人の彼が再び優勝カップを掲げる日を楽しみに応援していきましょう。
【小鯛プロを現地で応援しよう!】 テレビで見るのも良いですが、彼のスタイリッシュなファッションと迫力あるスイングは、生で見ると格別です。
「いつか会場に行ってみたい」と思った方のために、必要な持ち物をまとめました。これさえ読めば、初めての観戦でも安心です。

