こんにちは、eagleです。
2026年8月の北海道meijiカップでJLPGAツアー初優勝を飾り、一気に注目度を高めた吉澤柚月選手。プレーを見ていて気になったのが、たびたび話題に出てくる父親の存在です。
調べてみると、ゴルフを始めるきっかけを作ったのも父親。そして現在はコーチとしても吉澤選手を支えており、プロテスト合格やツアー転戦にも深く関わってきたことが分かります。
この記事では、公開されている情報をもとに、吉澤柚月選手の父親の名前や職業、ゴルフとの関わり、親子のエピソードまで見ていきます。
- 吉澤柚月の父親の名前と職業
- 父親の影響でゴルフを始めた経緯
- コーチとして支える親子の関係
- プロテストや初優勝までの父親との歩み
吉澤柚月の父親は直和さん
吉澤柚月選手の父親は、吉澤直和さんです。2026年8月のツアー初優勝時の報道では55歳と紹介され、現在は吉澤選手のコーチも務めています。
一方、父親について何もかも公表されているわけではありません。そこで、確認できる情報と分からない情報を分けながら見ていきましょう。
父親の職業は自営業と報道
吉澤直和さんの職業については、吉澤選手が小学生だった2015年のスポーツ報知の記事で「自営業」と紹介されています。
ただし、これは当時の情報です。2026年現在も同じ仕事を続けているのか、どのような事業を営んでいるのかといった詳しい内容までは確認できませんでした。
父親の現在の勤務先や会社名などは公表されていません。ネット上の推測だけで職業を断定するのは避けたほうがよいでしょう。
ちなみにAce on Greenでは、女子プロを支えてきた父親のエピソードをプロゴルファーを育てた父親一覧でも紹介しています。
9歳で始めたきっかけは父
吉澤柚月選手とゴルフを結びつけたのも父・直和さんでした。
日本ゴルフ協会の選手プロフィールでは、ゴルフを始めた年齢は9歳、始めた動機は「父の影響」と記載されています。
所属先の三菱電機のインタビューでも、ゴルフ好きのお父さんに練習場へ連れて行ってもらったことがスタートだったと吉澤選手自身が明かしています。
実は、最初からゴルフに夢中だったわけではありません。ジュニア時代について本人は、始めた頃はそれほどゴルフが好きではなかったと振り返っています。それでも練習を重ね、小学6年生の大会では父親がキャディを務める中で優勝。ここから競技ゴルファーとしての道が少しずつ開けていきました。
◆eagleのワンポイント
父親が無理にプロへの道を決めたというより、まずゴルフに触れる機会を作り、成長に合わせてサポートしてきたところが印象的です。今の吉澤選手につながる最初の一歩だったんですね。
3歳下の弟もゴルフを経験
吉澤選手には3歳下の弟がいます。ジュニア時代には姉弟でヨネックスのジュニア合宿に参加しており、吉澤選手が初めて本格的にコースを回ったのも、この合宿だったと語っています。
弟が現在も競技ゴルフを続けているかなど、詳しい情報は公表されていません。ただ、子どもの頃には姉弟そろってゴルフに触れる環境があったようです。
吉澤柚月と父親の二人三脚
父・直和さんの役割は、ゴルフを始めるきっかけを作っただけではありません。吉澤選手が成長すると、コーチとして技術面を支え、プロになってからはツアー会場への移動にも同行しています。
特にプロ入り前後のエピソードを見ると、現在の活躍につながる場面に父親が何度も登場します。
高校3年から父親がコーチ
2026年の初優勝後、父・直和さんは吉澤選手のコーチとして紹介されました。高校3年生の頃から父親の指導を受けてきたといいます。
ただし、父親の意見をすべてそのまま採用する関係ではないようです。直和さんは複数の選択肢を提示し、最終的にどうするかは吉澤選手自身に決めさせるというスタンス。
親子でありながら、選手本人の感覚や判断を尊重する。これは長く二人三脚を続けてこられた理由の一つかもしれません。
父が勧めたパターで変化
父親からの助言が大きな転機になったエピソードもあります。
プロテスト挑戦時、吉澤選手の課題の一つがパッティングでした。そこで父親から勧められたのが、それまで使っていたマレット型とは異なるトラスパターです。
本人は当初、パターを替えるつもりがなかったそうですが、実際に試すと予想以上にフィーリングが良かったとのこと。その後パッティングへの不安も減り、3度目の挑戦となった2023年の最終プロテストを11位で突破しました。
このエピソードはJLPGA公式「新しいヒロイン・吉澤柚月」でも紹介されています。
父親はゴルフを始めるきっかけだけでなく、プロテストを突破する過程でも具体的なアドバイスを送っていました。
ツアー遠征も父親が運転
プロ入り後も父親のサポートは続いています。吉澤選手は基本的に父親が運転する車でツアーを転戦してきました。
2026年6月には、新潟でのヨネックスレディス終了後、その日のうちに父親の運転で神戸へ移動。吉澤選手は体調を崩していたこともあり、車内で約4時間眠りながら次戦の開催地へ向かったことが報じられています。
選手にとって連戦中の移動は大きな負担です。ハンドルを握る父親の存在は、プレー以外の部分でもかなり大きいのではないでしょうか。
初優勝で伝えた父への感謝
そして2026年8月9日、吉澤選手は北海道meijiカップでJLPGAツアー初優勝を飾りました。
優勝後、「まず誰に伝えたいか」と聞かれて名前を挙げたのが父親です。吉澤選手は、一番近くで支えてくれた存在として父への思いを語りました。
2024年のルーキーイヤーには予選落ちが続き、思うような結果が出ない時期も経験しています。それでも父親は車で一緒にツアーを回り、励ましながら娘の挑戦を支え続けました。
初優勝という結果だけを見ると華やかですが、その後ろには何年にもわたる親子の時間があったということ。ここを知ると、吉澤選手の優勝の見え方もちょっと変わりますよね。
また、吉澤選手が目標とする先輩の一人が稲見萌寧選手です。稲見選手については稲見萌寧の不調原因と引退説の真相は?復活の可能性と現在地でも詳しく紹介しています。
吉澤柚月と父親の関係まとめ
吉澤柚月選手の父親は吉澤直和さん。ゴルフ好きだった父親に練習場へ連れて行ってもらったことから、吉澤選手のゴルフ人生は始まりました。
その後はコーチとして技術面を支え、父親が勧めたパターがプロテスト合格への追い風になるなど、節目にも深く関わっています。プロ入り後も車でツアーを転戦し、苦しいルーキーイヤーを一番近くで見守ってきました。
2026年の初優勝後、真っ先に感謝を伝えたい相手として父親の名前を挙げた吉澤選手。華やかな初優勝までの道のりは、まさに父娘で積み重ねてきた二人三脚だったと言えそうです。